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第3回 「八井内(やいない)の破(わ)れ不動尊」

はじめに
 「ちょっと寄り道」第3回目をお届けします。今回は桜井市大字八井内にある破不動尊を紹介したいと思います。八井内地区は桜井市内から吉野地域に抜ける県道37号線沿いにあり、藤原鎌足を祀る談山神社のある多武峰地区の東側にある集落です。破不動尊は八井内地区の中でも北端に位置し、県道を東折れして旧県道を100m程行ったところにあります。この場所は針道(はりみち)集落を経て大峠(おおとうげ)に至るルートの入口でもあります。また破不動尊のすぐ傍には、大和川の支流である寺川が流れ、不動延命の滝が隣接してあります。特にこの辺りは周囲が木々に覆われ、日中でもやや薄暗く、桜井市街から県道を登ってきてここに辿り着くと、下界に比べ気温が下がっているのがよくわかります。これに加え、不動の滝の轟音が涼しさをより一層増大させています。真夏に訪れると、マイナスイオンたっぷりの天然のクーラーが効いていて、まさに別天地、極楽に行ったかのような気分になれます。当然冬はこの逆で、桜井市街は晴れていても、この辺りは一面銀世界ということもしばしばあります。

巨石に刻まれた磨崖石仏
 さてこの破不動尊は、幅約3m×高さ約2.4mの四角い巨石(一刀石ともいわれている 花崗岩製)の北面に刻まれている石仏です。また像の高さは、約1.05m、この像に向かって右側に「賢長」の陰刻がありますが年記がありません。様式からすると室町時代末期の作と考えられています。不動尊とは不動明王のことで、大日如来像の化身であり、またはその内心の決意を表した姿であるとされ、眼を見開き、歯を剥いた恐ろしい形相で知られています。サンスクリット語では、アチャラナータといい「動かざる守護者」の意味を持っていることから、我が国では「お不動さん」「無動明王」「不動尊」などとも呼ばれています。一般的な像容は、燃え盛る火焔光背(かえんこうはい)、髪型は弁髪に編んで左肩に垂らし、右手には魔を退散させ煩悩を断ち切るという宝剣、左手には悪を縛り上げ、煩悩から抜け出せない人々を救いあげるための投げ縄のような羂索(けんさく)を持っています。

背後の割れ目
 破不動尊の刻まれている巨石には、中央あたり(不動尊の背後)で東西に幅約7cmの大きな割れ目が入っています。この割れ目は、談山神社のある御破裂山(ごはれつやま 海抜618m)が過去に鳴動した際に出来た割れ目だといわれています。地元では御破裂山の鳴動は、国家に不祥事があるときに起きるといわれており、鳴動と同時に談山神社の大織冠尊像(たいしょくかんそんぞう=藤原鎌足公御神像)にも亀裂が入るといわれています。江戸期に公家であり歌人であった広橋兼勝が編纂した『多武峯大織冠尊像御破裂目録』(県指定文化財)によると、慶長12年(1607年)閏四月二日に談山の高岳(御破裂山)が鳴動したことが記録されており、地元ではこの割れ目は、この時の鳴動の際に生じたものであるといわれていることから、その後この不動尊のことを破不動尊と呼ぶようになったのでしょう。またその後の天保11年(1840年)一条兼良書かれた『多武峰縁起 織冠尊像御破裂記附録』には、御破裂山の鳴動は昌泰元年(898年)から慶長12年のものも含め、過去に35回も鳴動したことが記されています。

最後に
 破不動尊は、八井内集落の北外れにあるにもかかわらず、一帯は地元の人々によってよく管理されており、お供え物が絶えることがありません。また破不動尊に向かって左側には、煩悩を断ち切るためなのか或いは病気退散の願懸けなのか、金属で作られた剣の絵馬が人々によって奉納されています。

(文責 公益財団法人桜井市文化財協会 中村 利光)

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破不動尊正面

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背後にある巨石の割れ目

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右手には剣、左手には羂索を持っている

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不動延命の滝

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奉納された剣の絵馬

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破不動尊の位置

【参考文献】
・松本 俊吉・栢木 喜一 『桜井の古文化 その二 磐座』 桜井市教育委員会 1976
・『奈良県磯城郡誌』 奈良県磯城郡役所 1915
・『桜井市史 上巻』 桜井市役所 1979

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